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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)757号 判決

控訴人

右代表者法務大臣

倉石忠雄

右指定代理人

東松文雄

草薙讃

被控訴人

金福龍

右訴訟代理人

横溝徹

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求の原因1、2項の事実(但し、請求の原因1項中の本件競売事件の手続完結の日が「昭和四三年四月二二日」であることをのぞく。)は、当事者間に争いがない。

二本件剰余金は、本件競売事件につき納付された競買保証金及び競買代金の一部として横浜地方裁判所川崎支部歳入歳出外現金出納官吏によつて保管されたものであることは当事者間に争いがないところであるから、競売法三〇条、三三条、民訴法六六八条、会計法(昭和二二年法律三五号)三三条の規定に基づく保管金として保管金規則(明治二三年法律一号)の適用を受けるものというべきところ、控訴人は、同条所定の「満五年」の期間が除斥期間であつて、本件剰余金は、同条第一の保管義務解除の翌日にあたる本件競売事件の手続完結日の翌日である昭和四三年五月二三日から起算して満五年後の昭和四八年五月二二日の経過により国庫に帰属したと主張し、被控訴人は、右の「満五年」は消滅時効期間と解すべきであり、かつ本件においては、競売裁判所が前記歳入歳出外現金出納官吏に対し本件剰余金の払出通知をした翌日である昭和五二年三月七日が保管金規則一条第一所定の保管義務解除の翌日に該当する旨主張するので、まず同条が控訴人主張のとおり除斥期間を定めたものであるかどうかについて検討する。

会計法三〇条が金銭の給付を目的とする国の権利又は国に対する権利につき、時効期間を五年とする消滅時効に関する規定を設けていることは、被控訴人が主張するとおりであるが、会計法と保管金規則の立法の沿革を調べて見ると、会計法は、当初保管金規則制定公布の前年の明治二二年二月一一日に法律四号をもつて公布された会計法が金銭の給付を目的とする国の権利又は国に対する権利の消滅につき「第六章期満免除」として、

第十八条 政府ノ負債ニシテ其仕払フヘキ年度経過後満五箇年内ニ債主ヨリ支出ノ請求若ハ仕払ノ請求ヲ為ササルモノハ期満免除トシテ政府ハ其ノ義務ヲ免ルルモノトス但シ特別ノ法律ヲ以テ期満免除ノ期限ヲ定メタルモノハ各々其ノ定ムル所ニ依ル

第十九条 政府ニ納ムヘキ金額ニシテ其ノ納ムヘキ年度経過後満五箇年内ニ上納ノ告知ヲ受ケサルモノハ其ノ義務ヲ免ルルモノトス但シ特別ノ法律ヲ以テ期満免除ノ期限ヲ定メタルモノハ各々其ノ定ムル所ニ依ル

の規定を設けており右にいう「期満免除」が現在使用されている時効とほぼ同義であつたにかかわらず、翌年公布された保管金規則にはこの用語が使用されておらず、右の会計法がその後大正一〇年四月七日法律四二号をもつて全面的に改正され、「第八章時効」として、

第三十二条 金銭ノ給付ヲ目的トスル政府ノ権利ニシテ時効ニ関シ他ノ法律ニ規定ナキトキハ五年間之ヲ行ハサルニ因リテ消滅ス政府ニ対スル権利ニシテ金銭ノ給付ヲ目的トスルモノニ付亦同シ

第三十三条 金銭ノ給付ヲ目的トスル政府ノ権利ニ付消滅時効ノ中断停止其ノ他ノ事項ニ関シ適用スヘキ他ノ法律ノ規定ナキトキハ民法ノ規定ヲ準用ス政府ニ対スル権利ニシテ金銭ノ給付ヲ目的トスルモノニ付亦同シ

第三十四条 法令ノ規定ニ依リ政府ノ為ス納入ノ告知ハ民法第百五十三条ノ規定ニ拘ラス時効中断ノ効力ヲ有ス

の一章が設けられ、さらにこの規定が現行会計法第五章において、三一条一項として、

金銭の給付を目的とする国の権利の時効による消滅については、別段の規定がないときは、時効の援用を要せず、また、その利益を放棄することができないものとする。国に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。

の一項が付加されたほかは、そのまま現行法に受継がれているのに対して、保管金規則については、何らこのような立法措置はとられていないのである。このように見てくると明治二二年法律四号の会計法と保管金規則とは立法者は、現在とその用語を異にするとはいえ消滅時効とそれ以外の権利失効期間とを区別して立案制定されたものと考えることができ、さらにまた保管金は、もともと国の一時的な預り金であつて予算上の歳入歳出には含まれないものであるから、いわゆる広義の保管金に属しながらも別の立法措置がとられている供託金その他はともかくとして、それ以外の保管金については、国の保管経費及び責任の面から、より早期に預託関係を結了させる必要があり、この必要をみたすために、保管金規則一条の適用を受けるいわゆる狭義の保管金の払戻請求権とその他の国に対する金銭給付請求権を区別して取扱うことにも理由があると考えられるのである。これらの点と保管金規則一条の文言を考え合わせれば、同条は時効期間を定めたものではなくて消滅時効以外の権利失効期間としてのいわゆる除斥期間を定めたものと解するのを相当とすべきものであり、そして、このことは伝統的な国の会計実務が保管金規則一条所定の期間を除斥期間と解して(因に、後掲乙第一、二号証の各一、二中の「期満失効」の語は、除斥期間の意味に用いられているものである。)事務の処理をしてきたという当裁判所に職務上顕著な事実によつても裏付けられるのである。

三ところで本件保管金は前記二の冒頭で述べた経過で保管されたものであるから本件競売事件の完結を期として保管義務は解除せられるものとみるべく、保管金規則一条第一により除斥期間は解除した日の翌日から進行するものと解すべきである。よつて、この見地から本件を見るに、期満失効起算年月日欄の記載をのぞき成立に争いがなく、その余の部分については、〈証拠〉を総合すれば、本件競売事件は、配当の実施により昭和四三年五月二二日に競売手続が完結し、本件剰余金を含む右事件の保管金については、同日右事件の係書記官から前記歳入歳出外現金出納官吏に対して払出通知がなされていることが認められる。払出通知年月日欄中の「52.3.6」の記載をのぞき成立に争いがなく、右の除外部分については、〈証拠〉には、前記保管金中の本件剰余金に相当する金額の払出通知年月日として昭和五二年三月六日の記載があることが認められるが、裁判所の事件に関する保管金等の取扱いに関する規程(昭和三七年最高裁規程三号)六条及び昭和三七年一〇月二五日訟一―一八〇号、最高裁事務総長依命通達によれば、保管金の払出通知は、係書記官が保管票(乙第一号証の一、二)にその旨を記載して保管金の取扱主任官たる歳入歳出外現金出納官吏に送付することによつてする旨定められ、保管金受払票(甲第五号証)は、係書記官が保管金提出書(乙第二号証の一、二)と同時に作成して、これを事件記録につづりこむものであつて、一種のメモにすぎないのであるから、保管金受払票に前記の記載があるからといつて、この記載の日が保管金払出通知の日とすることはできず、他に前記の認定に反する証拠はない。そして、前記歳入歳出外現金出納官吏は、右の払出通知によつて本件剰余金を含む本件競売事件に関する保管金の保管義務を解除されたものというべきであるから、本件剰余金の除斥期間は、保管金規則一条第一の規定によつて、払出通知の翌日である昭和四三年五月二三日から起算されることとなり、本件剰余金は、同条所定の満五年後の昭和四八年五月二二日の経過(この間権利者から払戻請求のなかつたことは当事者間に争いがない)により国に帰属するにいたつたものというべきである。

四以上のとおりであるから、被控訴人の本訴請求は、爾余の判断を用いるまでもなく失当として棄却をまぬかれないものであり、これと趣旨を異にする原判決は不当であるからこれを取消し、被控訴人の請求を棄却し、民訴法九六条、八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(綿引末男 田畑常彦 原島克己)

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